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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)11684号 判決

原告

エドワード・ビボー

右訴訟代理人弁護士

松浦康治

被告

株式会社ケー・アンド・エル

右代表者代表取締役

喜多造鷹

右訴訟代理人弁護士

横溝徹

主文

1  被告は、原告に対し、金七五万四一一四円及びこれに対する昭和五六年七月二一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを四分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

4  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、金九六万八七五円及びこれに対する昭和五六年七月二一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、広告、販売促進及びパブリックリレーションズ等の業務を行う会社であり、原告は、昭和五五年一一月一四日、アートディレクターとして被告に雇用された。

2  原告と被告との間の雇用契約においては、原告の勤務時間は午前九時から午後五時三〇分までと定められ、土曜日、日曜日及び国民の祝日は休日と定められ、これらの休日のほか一年間に二一日の有給休暇をとる権利が原告に与えられた。

3  原告は、次のように、土曜日、日曜日及び祝日に出勤した(いずれも昭和五六年)。

(一) 土曜日

一月一七日、二四日、三一日、二月七日、一四日、二八日、三月七日、一四日、四月一一日、五月九日、二三日 合計一一日

(二) 日曜日

一月一八日、二月一日、一五日、二九日、三月一日 合計五日

(三) 祝日

一月一五日、二月一一日、三月二一日、四月二九日、五月四日、五日 合計六日

4  原告の一日当たりの給与は金三万四二七八円である。(一か月の給与六五万七〇〇〇円の一年分七八八万四〇〇〇円を休日及び有給休暇を除いた年間労働日数二三〇日で割ったもの)

5  よって、原告は、被告に対して、土曜日については、右の金三万四二七八円の一一日分金三七万七〇五八円、日曜日及び祝日については、右の金三万四二七八円の二五パーセント増しである四万二八四七円の一一日分金四七万一三一七円、合計金八四万八三七五円を休日労働に対する賃金として請求する権利を有する。

6  被告は、原告を雇用するに際して五〇〇米ドル(当時の換算レート一ドル二二五円によれば、金一一万二五〇〇円)を帰国のための荷物輸送費として支払うことを約した。

7  原告は、昭和五六年七月二〇日に、一か月の予告期間をおいた同年八月二〇日をもって被告会社を退社し帰国することとなった。よって、原告は、被告に対して、金一一万二五〇〇円の支払を請求する権利を有する。

8  よって、原告は被告に対して、右5及び7記載の金員合計金九六万八七五円及びこれに対する退社の日の翌日である昭和五六年七月二一日から支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する答弁

1  第一項の事実は認める。

2  第二項の事実は認める。もっとも、原告はアートディレクターであって、その職務の性質上勤務時間を厳守することは困難であるため、原告の遅参、早退についてはこれをとがめず、逆に原告が休日出勤してもその分の賃金は支払わず、原告自身の仕事上の判断で休日に仕事場を利用することは自由であるとしていた。

3  第三項は認める。

4  第四項のうち、原告の一か月の給与が金六五万七〇〇〇円であることは認めるが、その余は否認する。

5  第六項は否認する。

6  第七項のうち、原告が昭和五六年七月二〇日に、同年八月二〇日をもって被告会社を退社することとしたことは認めるが、その余は争う。

三  被告の抗弁

原告は、労働基準法四一条二号に定める監督若しくは管理の地位にある者であり、かつ、雇用契約において休日に勤務をしても賃金が支払われない旨の定めがあった。すなわち、原告は、被告会社にアート・ディレクターとして雇用されたが、アート・ディレクターとは、広告用の映画、テレビの広告映画、パンフレット、雑誌の広告等の製作、すなわち、多数の人々の知的、肉体的労働を集め、これを指揮監督し、また取捨選択して、一個の作品に仕上げることを業務とし、更に作品完成までの費用の出入りをも扱うことも業務に含まれる。アート・ディレクターはこのような芸術的、知的作業であるため、休日出勤、遅刻、早退、勤務時間中の外出等について、被告会社が指示等をすることができない業務であって、これらについてはすべてアート・ディレクターの裁量に委ねられている。このようにアート・ディレクターの業務は、勤務時間や休日に拘束される性質のものではなく、そのために高額の給与が与えられているのである。

従って、原告が休日労働をしたとしても、これに対して賃金を支払う必要はない。

四  被告の抗弁に対する原告の反論

原告が監督若しくは管理の地位にある者であったとの事実は否認する。原告の業務内容は、クリエイティブ・ディレクターやコピーライターの指揮の下に、その広告アイデアをパンフレット、映像等の視覚的なものに具現化していくものであり、指揮系統的には、依頼者との窓口である営業担当者や、アイデアを考え出すコピーライターよりも下位に位置する。原告の勤務時間は月曜から金曜までの午前九時から午後五時三〇分までと定められていたこと、タイムカードを押すことを義務づけられていたこと及び出社時間を守るようコピー部長の谷崎宗弘から指示されていたこと、原告のタイムカードには、休日出勤の場合には「出勤」との印が押されており、遅刻の回数も集計されていること、原告の給与は休日労働分を含むものではないこと、等の事実を考慮すると、原告が監督若しくは管理の地位にあるものではなかったことは明らかである。

被告会社も原告との雇用契約の締結に際し、休日労働については代替休日でもって補償することを約していた。そして、本来休日労働は代替休日で補償されるべきところ、原告が代替休日を要求したところ、被告会社においてこれを無視して原告を解雇したから、被告会社は、右休日労働分を金銭で補償する義務がある。

第三証拠関係

記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  休日出勤分の補償請求について

1  被告が広告、販売促進及びパブリックリレーションズ等の業務を行う会社であり、原告は昭和五五年一一月一四日アートディレクターとして被告に雇用されたこと、原告と被告との間の雇用契約においては原告の勤務時間は午前九時から午後五時三〇分までと定められ、土曜日、日曜日及び国民の祝日は休日と定められていたこと、原告が昭和五六年一月から五月までの間において、土曜日に合計一一日、日曜日に合計四日、祝日に合計六日出勤をしたことは、当事者間に争いがない(もっとも原告の主張する二月二九日の日曜出勤については、そのような日は現実に存在せず、三月一日と重複計上されていることが明らかであるから除外した。)。

2  被告は、原告は労働基準法四一条二号に定める監督若しくは管理の地位にある者であり、かつ、雇用契約において休日に勤務をしても賃金が支払われない旨の定めがあったと主張する。

ここにいう監督若しくは管理の地位にある者とは、労働時間等の規制の枠を超えて活動することが要請されざるをえない、重要な職務と責任を有し、現実の勤務態様も労働時間等の規制になじまないような立場にある者を指すと解され、その判断の基準としては、労務管理方針の決定に参画し、或いは労務管理上の指揮権限を有し、経営者と一体的な立場にあること、自己の勤務について自由裁量の権限を持ち出社退社について厳格な制限を加え難いような地位にあること、その地位に対して何らかの特別給与が支払われていること等を考慮して、具体的な勤務の実態に即して決すべきものである。

そこで、原告と被告とが雇用契約を締結するに至った経緯及び原告の勤務の実態について検討すると、(証拠略)を総合すれば、次の事実を認めることができ、(証拠判断略)、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  被告会社は、日本の企業の海外における広告、宣伝を行うことを主たる業務としており、昭和五五年九月ころ何人かの外国人従業員(主としてコピーライター)を雇用していた。被告会社は、そのころ、アメリカ人のアート・ディレクターを一人雇用することとし、コピー部長である谷崎宗弘がアメリカ合衆国に赴き、職業紹介業を営むフリードマン・ハス・ビザルティアへ求人の紹介を依頼したところ、原告を紹介された。谷崎宗弘は、数回原告と面接したうえ原告を被告会社のアート・ディレクターとして雇用することとし、原告と谷崎宗弘とは昭和五五年九月三日、ニューヨーク市において、雇用契約書に署名した。右契約書には、原告は被告会社のアート・ディレクターとして雇用されること、月給は金五八万七〇〇〇円であり、そのほか住宅手当として月金七万円が支払われること、勤務時間は月曜日から金曜日までの午前九時から午後五時三〇分までであること、ただし、原告は必要に応じて時間外の勤務に同意することが記載されていた。右の月給の額は当時原告がアート・ディレクターとして得ていた収入の額を勘案して決定された。原告は、この契約書に署名するに際して、谷崎宗弘に対して、休日に労働した場合の給与について質問したところ、同人は休日に働いた場合には代替の休日が与えられるとの回答をした。原告は、右契約書に署名をした後、所要の手続を経て、同年一一月一三日来日し、翌一四日に被告会社に出社し、先にニューヨーク市において署名したものと同趣旨の契約書に改めて署名し、その日から被告会社に勤務することとなった。

(二)  被告会社は、日本企業の外国向けの広告(新聞、雑誌、コマーシャルフィルム)の製作を主たる業務としているが、原告は、アート・ディレクターとして、広告の視覚に訴える部面の製作を担当した。例えば、ある企業から広告用のパンフレットの製作を依頼された場合をとってみると、まず、営業担当者が顧客である企業から注文を受け、コピー部長からその製作を命じられたコピーライターとアート・ディレクターとが、それぞれ、コピーライターは文案を担当し、アート・ディレクターは写真、絵画、図案等の視覚に訴える部面を担当することによって、協力して広告を製作することとなる。アート・ディレクターは自己の考案した写真、絵画、図案等の構想に基づき、技術者を指揮して具体的な写真の撮影、作画等に当たらせる。広告の製作に要する経費や製作の期限は顧客である企業と営業担当者との交渉で決定され、アート・ディレクターはその範囲内で作業をする。アート・ディレクターの職務は、写真、絵画、図案等の構想をたてるという点で知的、創造的労働の色彩が強く、そのため勤務時間についても厳格な規制がされるのには必ずしもふさわしくないものであるが、原告は、被告会社から出社及び退社に際しタイムカードの押捺を命じられ、実際にもタイムカードに押捺をしていた。原告が休日に出勤した場合にはタイムカードには被告会社係員において「出勤」との印を押捺していた。原告は、所定の勤務の開始時刻である午前九時に遅刻することがしばしばあったけれども、逆に所定の勤務の終了時刻である午後五時三〇分より遅くまで勤務をすることもしばしばあった。原告は遅刻をしても給与を減額されることはなかったが、被告会社の就業規則においては、遅刻又は早退をしても給与の減額は行わないこととされていた。原告の上司はコピー部長の谷崎宗弘であったが、遅刻した場合には上司から注意をされたことがしばしばあった。原告の遅刻の回数はタイムカードに記載されていた。

以上の認定を前提として考えると、原告はコピー部長の指揮監督を受けて、広告の視覚に訴える部面の製作に従事していたもので、その製作の過程において技術者を指揮監督することはあったものの、労務管理方針の決定に参画し、或いは労務管理上の指揮権限を有し、経営者と一体的な立場にあったとはいえないこと、また、原告の職務の内容は勤務時間について厳格な規制を加えるのには必ずしもふさわしくないが、出退勤については、タイムカードが使用され、遅刻や休日出勤についてタイムカード上明確にされており、上司からも遅刻について注意をされたことがあるなど、原告に対し勤務時間についての管理が行われていたと認められること、原告の賃金については、原告が従前得ていた収入を参考として決定されたもので、監督若しくは管理の地位にあることに対する特別な給与が支払われていたとは認められないこと、更に、雇用契約の締結に際し、休日に勤務した場合には代替の休日が与えられることが約されたこと、以上の事実を総合してみると、原告は、監督若しくは管理の地位にある者であったと認めることはできないといわなければならない。また、雇用契約の締結に際し休日労働をした場合に賃金請求をしないとの特約を結んだと認めることもできない。

3  そうすると、原告は被告に対して、休日労働につきそれに対する賃金の支払を求めることができるものということができる。そこで、その額につき検討すると、原告は、土曜日に出勤した分については、一日当たりの賃金を、日曜日又は祝日に出勤した分については、労働基準法三七条により一日当たりの賃金の二割五分増しの賃金を請求している。しかし、労働基準法三七条に定める割増賃金の支払を受けることのできるのは、使用者が一週間に一回の休日を与えなかった場合に限られる。そこで、原告の出勤したと主張する日曜日及び国民の祝日中、その日を含む一週間のうちにおいて一回も休日を与えられなかったのは、(証拠略)によると、一月一八日、二月一日、一五日及び三月一日の四日だけであることが認められるから、この四日の休日出勤については、二割五分の割増賃金を支払うべきであるが、その余の祝日及び休日の出勤分については、通常の労働日の賃金を支払えば足り、割増賃金を支払うべきではない。

そして、原告の一か月の賃金は前記のように月給五八万七〇〇〇円と住宅手当七万円合計六五万七〇〇〇円であり、従って年間では七八八万四〇〇〇円となるところ、これを年間の労働日二三〇日(三六五日から土曜日、日曜日、国民の祝日及び有給休暇二一日を控除したもの、なお、土曜日と国民の祝日とは年に二回重なるものとした。)で割ると一日当たりの賃金は三万四二七八円となる。

よって、原告が被告に対して支払を請求できる休日出勤の分の賃金は、土曜日の一一日及び祝日の六日の合計一七日分については、三万四二七八円の一七日分の五八万二七二六円であり、日曜日の四日分については、三万四二七八円の二割五分増の四万二八四七円の四日分の一七万一三八八円であり、その合計は七五万四一一四円となる。

4  以上のとおり、原告は休日出勤分の賃金として金七五万四一一四円の支払を請求する権利を有する。そして、原告が昭和五六年七月二〇日被告会社を退社したことは当事者間に争いがないから、右金員の弁済期は遅くとも退社の日であり、従って被告は、右金員に退社の日の翌日である同年七月二一日から支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を付して支払うべき義務がある。

二  帰国のための荷物輸送費の支払請求について

原告は、原・被告間の雇用契約において、被告は契約期間終了後の原告の帰国のための荷物運送費として五〇〇米ドルを支払う旨を約したと主張し、原告本人はこれに沿う供述をし、(証拠略)にもその旨の記載があるが、この供述は(証拠略)に照らしてにわかに信用できず、(証拠略)には引越費用として被告会社が原告に五〇〇米ドルを支払う旨の記載があるが、同号証の内容からみて、これは、米国から日本への荷物の輸送費用のことを記載したものと認められ、帰国に際しての荷物の輸送費用として五〇〇米ドルを支払うことを約したことを認めるべき証拠とはならず、他に原告主張事実を認めるに足りる証拠は存在しないから、原告の請求は失当である。

三  むすび

よって、原告の本訴請求は、休日出勤分の賃金として、前記の金七五万四一一四円及びこれに対する昭和五六年七月二一日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 今井功)

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